レトロゲーム漂流記

古今東西のゲームと名のつく物が大好きなので、レトロゲームに限らずゲームについてのよろず書きます。

ロール・プレイング・ゲーム

本来、ロールプレイングとは役割を担って演じることであり、テーブルトークRPGという紙とエンピツとサイコロで人間同士が集まってワイワイガヤガヤと台本をこねくり回すものであるはずだ。

言葉通りに取るのならば。

 

しかし日本国内ではその限りにあらず。

ファミコンテーブルトークRPGゲームマスターを機械に置き換え、人対人のゲームであったロールプレイングゲームを人対機械のゲームに作り変えた。

またロールプレイという言葉どおり役割を担うものであったゲームは形を変えていく。

 

プレイヤーは主人公を動かすに過ぎないものが増えていく。

独立して言葉を発し、台本は覆らない。ワイワイガヤガヤもしない。

これは操作性の高い映画だ。

 

主人公が喋らないロールプレイングゲームも台本がかっちりと決められている。

生まれや育ちは固定されているし、外見もきれいに説明書に載っている。

 

ロールプレイは必要ない。

眺めて動かせばいい。

 

これは肯定や否定の話でなく、日本ではこういうものになっているよなあ、という確認です。

B.B.Gun ball bullet gun (ボールブレットガン)(SFC)

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アイマックスから95年の末に発売された、最高に面白くて最高にマイナーなゲーム。

ボールブレットガンはターン制のガンシューティング・サバイバルゲーム・シミュレーションゲームです。

SFCというハードで、かわいらしいキャラクターながらもサバイバルゲームという遊びの再現、ミリタリー好きへのアプローチがとても素晴らしいのです。

また、インターフェースも見やすく使いやすくなかなか秀逸。

惜しむらくは1995年という発売年。すでに次世代機と謳われる初期プレイステーションが発売されておりますが、時はスーパーファミコン最盛期。300タイトル以上発売された95年のスーパーファミコンソフトのひとつとして埋もれてしまいました。

 

プレイヤーはまずサバイバルゲームのチームを製作します。リーダーが1人と、攻撃重視のアタッカー、機動力重視のタスクフォース、防御重視のディフェンス、遠距離攻撃重視のスナイパーというクラス(それぞれのクラスのアイコンが3種類で性能が若干変わる+固有名がそれぞれ用意されている!)を自由に組み合わせて10人のチームを作成するところからゲームが始まります。

ナイフ・拳銃・ショットガン・アサルトライフル・スナイパーライフル・マシンガン・グレネードそれぞれに実銃をモデリングした豊富な銃火器が用意されています。ステージをクリアしていくと使える武器が増えていきます(隠し武器もある!)。ミリタリー好き歓喜。

殲滅戦・フラッグ戦など条件別のミッションを指定人数以内でチームを編成しステージを進めていくという形式です。ばっちり制限最大までメンバーを組み込んでも良いですが、リーダー単騎駆け縛りプレイなんかもできます。超楽しいです。クリアランクが最高になるとステージに参加したユニットからランダムで選ばれてステータスが上昇するのですが、リーダー単騎だとみるみるうちに強くなるのも楽しいです。このゲームでは数値が1つ上がるだけでだいぶ性能が変わってくるので、ステージの参加メンバー選びも重要です。

 

お気に入りなのがAP制、視野、地形と気配の概念です。

APは行動力であり、何をするにもAPを消費します。移動や攻撃はもちろん、方向転換やサーチ(後述します)、弾丸のリロードもAPを消費します。タスクフォースやリーダーキャラの一部はAPが初期から多く設定されておりたくさんの行動ができます。

また、装備する武器によってAPの最大値が変化するのも大きなポイントです。どの範囲でも強力な攻撃ができるような重火器はAPの最大値の現象が激しく(その分強力)、ナイフなどの軽くて範囲が狭いような武器はAPがあまり減少しません。

視野と気配のシステムのおかげで、両手にナイフでダッシュで近づいて背後からメッタ斬り!なプレイをしたり、ガトリングガンを構えて近づいてくるものはかたっぱしからハチの巣!なプレイもできます。

「視野」と「気配」システムとはなんぞやということですが、なんとこのゲームでは基本的に敵ユニットを見ることができません。分かるのは全体の地形だけです。また敵ターンの間に味方のキャラクター近くを敵ユニットが移動すると、視認できなくてもキャラクターが「物音がします」とか「近くに敵がいる気がする」とか「敵を視認しました!しかし見失いました!」なんて逐一プレイヤーに報告を上げてくれます。なんとこの間ほぼテキストです。歩いている敵ユニットの表示はされますが位置情報は伏せっぱなし。

各プレイヤーキャラクターの視野に入って、さらに自分のターンがやってきて初めて敵を視認できるのです。敵のターンの間に忍び寄られて倒されたら、どの方向からやってきたのかすら定かではないままユニットが離脱してしまいます。どうにかして敵の位置を確認したい時に役立つのが先述の「サーチ」です。APを消費して広範囲を見渡すことができます。スナイパーは視野が広く、索敵や狙撃に大きな力を発揮します。相手の視野の範囲外からの狙撃なんてワクワクするプレイもできちゃいます。

またそんな視野の広いスナイパーだって、茂みや壁に遮られたら敵の視認はできません。各地形の視界や、移動するときのAP消費コストの確認(道は移動しやすいが、砂地や沼は移動しづらいのでAPを多く消費する)は非常に重要です。

見えないけどあの茂みの中に敵ユニットが潜んでいるんじゃないだろうか・・・、とか、壁一枚向こうに敵の気配はするけれど姿はみえない、あの角を曲がったらもしかして・・・なんてしょっちゅう起こりうるステキなゲームなのです。ボールブレットガン。

一歩ずつキョロキョロ索敵しながら移動するというチキンプレイも大好きです!

お勧めです!!!

 

プロジェクトEGGでB.B.Bunをオンライン配信しているようです(有料)。この機会にぜひ。

 

 

 

特定のステージに隠し銃があります。

こちらの記事に隠し武器のありかと詳細を載せましたので必要ならばどうぞ。

omiso.hateblo.jp

 

なぜクソゲーはクソゲーであるのか、クソゲーとはなんであるのか。クソゲーのためのクソゲーの話をしよう

クソゲーの起源。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%B2%E3%83%BC

wikiを参照してもらえればすぐわかります。元々はみうらじゅん氏が作った造語で、当時のファミコン雑誌がまたその言葉を使ったため広まったのがクソゲーという造語です。みうら氏がクソゲーという言葉を作ってしまうに至ったきっかけのソフトは「いっき」。ドラゴンクエストの抱き合わせ販売であったらしい。そういえばファミコン販売当時は抱き合わせ販売が当たり前のように行われていた。

今でこそ禁止されているけれど、ぼくは「ドラゴンクエスト4」を買うために抱き合わせの「スウィートホーム」も買いました。今振り返ればこそなんというお得なセットだろうか!と思えるものの、小学生当時のぼくではスウィートホームなんて怖くてできなかったし、母は抱き合わせ販売というシステムに憤慨しておりました。当時のスウィートホームドラゴンクエストの抱き合わせになる程度の評価しかなかったんですね。映画原作だから仕方ないとはおもうのですが。

ファミコン時代から続く概念が、PS3やらwiiやらの時代まで続いている。しかしクソゲーという概念は徐々に変化してきていると思うのです。ネガティブから、ポジティブとは言わないまでもまあ可愛いところはあるんじゃないかな?というくらいに。

クソゲーという評価を下すのは簡単ですが、その決断を下すまでにどう評価し何を以ってクソゲーとするかは難しいところです。大まかに分けて以下のような欠点を抱えているからこそのクソゲーとなりうるのではないでしょうか。

クソゲーのジャンル(括弧内は代表例)

・制作時間がたりなかった(ゼノギアスdisc2)

・構造上のミス・システムの不備(カルドセプト

・難易度が高すぎる+知名度がない(アウターワールド)

・その他致命的な欠点がある(星をみるひと

・通説でクソゲーと呼ばれている(バンゲリングベイ

・わざとそのように作られている(たけしの挑戦状

・おもしろくない(ミシシッピー殺人事件)

http://www23.atwiki.jp/ksgmatome/ ←クソゲーまとめ

 

明らかな設計上のバグ・製作上の不備がある場合にクソゲーと定義するのは簡単です。判別が難しいのはバンゲリングベイたけしの挑戦状、アウターワールドといった類だとおもわれます。

たとえば、アウターワールドはすぐ死にます。一歩歩けば死に、ボタンを押すタイミングを間違えれば死にます。何十回何百回というトライアンドエラーを繰り返しやっと一つの正解を導き出し、そしてまた数分後に新たなトライアンドエラーを繰り返す、それがアウターワールドです。

いわゆる覚えゲーというやつですが度を越しています。

グラディウス魔界村覚えゲー要素があるとおもいますがクソゲーとは呼ばれません。

それは開発がプレイバランスを考えてないだけだろ?というご意見もあるかとは存じますが、開発はこのマゾヒストしか喜ばないくらいのトライアンドエラーを繰り返さないとクリアできない、というバランスを目指して作っているのであればこれは成功です。売上には結びつかない気がしますが。

日本のメーカーはもう少しハードルをさげた親切設計なのでこのようなことはあまり起こりません。カプコンの2010ストリートファイターなんかはものすごいバランスです。とっつきにくいけどちょっと覚えたらめちゃくちゃハマるバランスを作り出しています。

ゲームにおける「理不尽なゲームオーバー」を演出と取るか不親切と取るか、そのあたりが判断を難しくするラインではないかとおもってます。パソコン用フリーゲームの「I Wanna Be The Guy」などはいわゆる初見殺しの連続、プレイヤーの熟練度があがらなければクリアどころか普通に画面内を進んでいくことすら難しいアクションゲームです。普通ならばただクソゲーと切り捨てられてしかるべき難易度なのですが、昨今のニコニコ動画に代表される動画サイトへのプレイ動画の投稿が一般化してきたため恐ろしく高い難易度を誇るゲームが視聴コンテンツ化し、ただ切り捨てられるクソゲーではなく娯楽のひとつとして昇華される例も珍しくありません。

 

バランスの整った一定ラインを超えたらクソゲー

世界中のプレイヤーの最大公約数を超えたらクソゲーよばわりされるゲームというのがけっこうあるんじゃないかとおもいます。

  

ただつまらないだけの憎むべきクソゲーを世の中に送り出す手合いもいますが、そういう人達は市場原理に従って勝手に滅んでいくから生温かい目でみていたらいいんじゃないかなー。

 

(記事加筆修正予定)

カオスシード〜風水回廊記〜 (SFC)

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ナンバーワンに近く、オンリーワンな一本。

木火土金水の五行説や仙人、仙術というネーミングなど東洋的世界観、容易にジャンル分けさせない盛りだくさんの要素(ロールプレイング、シミュレーション、アドベンチャー、アクションの要素は少なくともはいっています)、高めに設定された難易度、選択肢の多彩さ、やり込み要素、繰り返し遊ぶことの出来る仕掛け、扱いやすい操作感、豊かなキャラクター設定。

オリジナリティの塊といわんばかりの内容。

とくにお気に入りなのは、各ステージがパラレルワールド扱いになっていることです。作中で主人公は同じ時間軸に複数存在するという厄介ごとに巻き込まれます。その理由付けや、因果関係がきっちりはまっていて、たまらなく面白いのです。同じステージを複数遊ぶこと、ステージがいくつも分かれていること、同じステージを違う方法で遊び、違う選択肢を選んで展開を変化させていくこと、プレイヤーの行動にも根拠がある。それが作中の因果関係とリンクする快感が味わえます。

プレイヤーも、プレイヤーの行動もゲームの一部であり、カオスシードというゲームの一部として作品の中に息づくものだということを感じさせてくれるゲームソフトはなかなかありません。

大切なゲームのひとつです。

 

製品的解説をいたしますと、1996年3月15日ネバーランドカンパニーの製作でタイトーより発売されたSFC用ゲームソフト。(wikipediaより抜粋)

ネバーランドカンパニーエストポリス伝記やエナジーブレイカーなど佳作を作っているゲーム製作会社です。箱書きのジャンルは「ダンジョン育成シミュレーション」。文面をみてもまったくわかりませんが間違いなくそんな感じです。

プレイヤーは洞仙と呼ばれる仙人となり、大地の力を呼び戻し土地を豊かにするためにダンジョン(仙窟)を築いていきます。部屋を作り、通路を作り、五行説に従い各部屋と通路の属性を吟味し、モンスター(仙獣)を召喚し、罠をしかけ、エネルギーを掘り出し、また仙丹と呼ばれる別のエネルギーも掘り出し、アイテムも掘り出し、侵入者を仙術や肉弾戦で撃退し、エネルギーを龍脈を通じて大地に返すことでゲームを進行していきます。えらく忙しいです。時間が足りません。

マルチエンディング形式で達成度が設定されており、エンディングをひとつ見るたびにパーセンテージがあがっていきます。100%になればもちろんオマケがついてまいります。

カオスシードは後にセガサターンでリメイクされるのですが、内容が微妙に変化しております。声もイラストもつきます。両方にそれぞれの良さがあるので両方欲しくなります。

機会がありましたらぜひ遊んでみてくださいませ。

WizardryOnlineに見られる大衆迎合の悲しさ(とほんの僅かな期待)

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1980年の初頭のアメリカ。
コンピューターゲーム界の歴史に大きな足跡を残すゲームが生まれました。
そのゲームの名を Wizrdry(ウィザードリィ) といいます。

ウィザードリィは85年にPC版が、87年にファミコン板が移植され日本にやってきます。
ウィザードリィの正式なナンバリングは8まで。
日本産の外伝作品や、テーブルゲーム化した作品などの亜種も加えればその数は30を越え、小説化、マンガ化、映像化した作品を加えれば40を超えています。

またウィザードリィウルティマとローグと並び、三大コンピューターRPGの元祖としてその名を知られています。
いずれも1980年のはじめというコンピューターゲームの黎明期に発表された骨太のRPGです。
高い難易度と、正統派ファンタジーの世界観が評価されその要素は脈々と現在まで受け継がれています。
ウィザードリィは実は正統派ファンタジーというにはなかなかパロディやおふざけ要素が多く、正統派ファンタジーという枠組みからは逸脱しています。しかし日本国内ではそれらは新しい設定付け(もしくは無視)して正統派ファンタジーという評価をされつづけています。
おどろおどろしい世界観や、使い手次第では災厄にもなる強力な魔法、出現直後には判別できない敵の姿、鑑定するまでは得体のしれない戦利品、そんな武器と魔法とモンスターの設定はとても斬新なものであり、評価を与えられるべきものでした。
国産のウィザードリィシリーズでは、より一層「正統派ファンタジー」のイメージを強化し、外伝やBUSINではその正統派色を全面に押し出しています。

ウィザードリィの特徴のひとつに過酷なプレイ条件があります。
プレイキャラクターの初期能力は概ね、立ちはだかる敵モンスターと差が無く、数が拮抗していれば戦いに敗れ死に至ることもしばしば。
敵との戦闘に勝利し手に入れた宝箱には罠が仕掛けられており、罠の解除に失敗して死に至ることもしばしば。またダンジョンの奥深くの宝箱の罠ともなれば強制テレポートや爆弾によって一瞬にしてパーティ全滅ということにも。
ゲームプレイ初期状態においては状態異常は過酷であり、毒をうければ数十歩あるけば死に至り、麻痺すれば町に帰り着くまで回復できず。
また死に至ったキャラクターの蘇生に確実な手段はなく、2度蘇生に失敗するとロスト(消失)し、キャラクターの存在そのものが抹消されます。
パーティーが全滅したら死体も装備もダンジョンの中に残されて、新たにパーティーをつくり回収に向かわねば取り戻すことは出来ません。

そんな際立った特徴をもつウィザードリィのシリーズとして発表され、10月14日に正式サービスとして稼動した「WizardryOnline」ですが、オンラインゲームとしては世の中に数多ある3Dオンラインゲームとほとんど変わらない作りになっていました。
インターフェースは平凡で、どこかで見たようなものをそのまま名前だけ変えてもってきたように感じます。数をあげればキリがないほどのもので、オリジナリティはありません。しかしそれは、現在主流となって受け入れやすいインターフェースをそのまま投入したともいえます。
キャラクターデザインはFF14のパクリとも噂があるほどで、「売れている」ソフトの近似を狙っているように見受けられました。小さくて可愛らしいまるで人形のような「ポークル」、肉感的で男子受けするスタイルをもつ「ノーム」など、見た目が良い作りはまさに一般的なゲームのプレイヤーキャラクターです。
またポークルはオンラインとなった今作が初登場となる種族です。いままで選ぶことのできたホビットの代わりでしょうか?あえて今までの作品を遊んできたプレイヤーに対して馴染みのない新設定を持ってきた意図がつかめないのが気にかかります。
オンラインゲームの作りとしては、ごく一般的であるといえるでしょう。

さらにキャラクターの蘇生に失敗することはいまのところないといえます。
蘇生確率が表示され、手持ちのアイテムや課金アイテムを捧げると100%の確率で蘇生ができます。
大事に育てたキャラクターが消失することはありません。
仲間を募れば(特にそれが熟練のプレイヤーであれば)いとも簡単に用意されたダンジョンをクリアしていくことができます。苦労はありません。

ウィザードリィの名を冠しながらこのような作りで発表されたことに寂しさを覚えました。
ウィザードリィ」の魅力というのは取り返しの付かない厳しさ、自分ではどうにもできない理不尽さ、そしてまたそのようなストイックな設定の部分にあったのだと思っていたからです。
楽しい思いだけでずっと遊んでいられるゲームは、ほかのタイトルに任せればよかったのです。

オンラインゲーム運営はれっきとした商売であり、営利目的に運営されるべきものです。
つまり、「一般的」で「大衆受け」するべきであり僕が個人的にウィザードリィの魅力だとおもっている「厳しさ」や「理不尽さ」など売上からは相反するものでしょう。 
コンシューマーゲームのように小売店でソフトを買えば終わり、これがこのゲームの売上です!というものではなく、オンラインゲームというものは顧客がこのゲームをプレイし、楽しんで何週間も何ヶ月も、あるいは何年間もプレイし続け売上を上げていくことが目的ですから、 厳しさや理不尽さなどは不要なものなのです。
それはわかっています。

ウィザードリィオンラインはまだ正式サービスが始まったばかりです。 
今はまだ顧客を掴んでいる最中でゲームの中身もまだ明かされていない部分が多く残っており、この先どのような変化をしていくのかは開発者にしかわかりません。

変化し続けることができるということはオンラインゲームの最大の特徴です。
 ですから僕はこれから先、ほんの少しだけ期待しています。

ウィザードリィオンラインが罠一つで簡単に死に、どうあがいても勝てない敵が突然目の前に立ちはだかり、大切に扱っていた持ち物が奪われ、何ヶ月もかけて育てたキャラクターが完全に消失してしまう。
そういう厳しさや理不尽さが味わえるタイトルに成長していきますように。
 
(とはいえ、ウィザードリィも発表当時はヌルゲー扱いであったのだから、PCゲーム黎明期当時の理不尽さや難易度の高さはうかがい知れないですね)

スクウェア・エニックスのFF・DQにおけるリメイクの流れ

老舗RPGメーカースクウェア・エニックス
以前はスクウェアとエニックスは別の会社でした。
この2つの会社の自社ゲームリメイクについてのおはなし。

まず初めにリメイクを作ったのはスクウェア。
ハードはファミコンです。
ニューファミコン」の発売に合わせて、ファイナルファンタジーI・IIというソフトを売り出しました。
内容にはほとんど手を加えず、一本のソフトで二つのゲームができるという内容です。

ニューファミコンそのものもこのソフトもあまり売れ行きはよくなかったようです。

自社ゲームリメイクを成功させたのはエニックスでした。

ファミコン版FF I・IIをそのままファミコンで作り直したのに対し、エニックスはゲームハードをファミコンからスーパーファミコンに移し、ストーリーはそのままにグラフィックやインターフェースを向上させたのです。
そうしてSFC版ドラゴンクエストI・IIが作られました。
ファミコン版では正面を向いたまま上下左右に動いていた主人公がSFC版ではちゃんと進行方向を向いて移動します。

ただこれも売上は悪いとは言えないものの、それほど伸びなかったようです。
革新的ともいえる、SFCリメイクでもっとも成功を収めたのが「ドラゴンクエスト3」でした。

SFC版ではファミコン版にはなかった「性格」や「新職業」、「ミニゲーム」「隠しボス」などの要素を加え、グラフィックやインターフェースの向上のみならず新要素を加えて新しくもう一度遊べるものを作り出したのです。

これまではほぼ「移植」ともいえる自社ゲームの作り直しソフトが「リメイク」へと昇華した瞬間であります。
数あるリメイクのなかでも、完成された素晴らしいリメイクソフトだとおもいます。

でも最近のスクエニさんは過去の遺産でリメイクを乱発しすぎではないでしょうかね!!

バハムートラグーン (SFC)

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本当はこのゲームは「ヨヨ死ね」ではなく「ビュウかっこいい」ゲームなのです。

旧スクウェア(現在はエニックスと合併しスクウェアアエニックス)から発売されたシミュレーションRPGソフト、バハムートラグーン
1996年発売、SFC後期の良作。
プレイステーションが世に出るも、スーパーファミコンがいまだ最強のゲームハードとして君臨していた1996年。

バハムートラグーンは、主人公であるビュウが幼なじみの王女であるヒロインのヨヨを救い、そして振られる。こっぴどい振られ方をする。
さらに世界を救う。 そんな物語。

じつはビュウはひどい振られ方をした主人公でありながら、数あるゲームの中でも仲間からの信頼と尊敬を得ている主人公です。
仲間や部下から慕われ、目上の者からは一目置かれる彼をみてやってください。

作中には多数の選択肢がありますが、ストーリー上には殆ど影響をおよぼすことはありません。
思い切り男らしくかっこいいビュウとして進めることもできれば、うじうじとして情けないビュウとして進むこともできるんです。

選択肢がもっとも影響を及ぼす部分は、じつはプレイヤーの視点だとおもっています。
世界を救う英雄にどんな生き方をさせるか、それを選ぶ選択肢なのです。

バハムートラグーンシミュレーションRPGの形をした人間ドラマ。